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福岡家庭裁判所小倉支部 平成8年(家)1118号 審判

申立人

甲野太郎

申立人代理人弁護士

仁比聰平

未成年者

乙山花子

主文

本件申立を却下する。

理由

第一  申立の趣旨

未成年者の親権者を乙山良子から申立人に変更する。

第二  当裁判所の判断

1  本件記録によれば、次の事実が認められる。

(1)  申立人(昭和四五年五月一七日生)と乙山良子(昭和四三年七月一八日生)(以下「良子」という。)は、双方の両親から反対されたものの平成四年八月二一日婚姻の届出をして夫婦となり、平成五年二月三日未成年者が生まれた。しかし、申立人と良子の実母の丙川弘子(以下「弘子」という。)との折り合いが悪いうえ、申立人がシンナーを吸入したことがあったり、その就労状況が不安定であった等の理由で生活費が不足し借入金がかさんだことから、平成五年四月ころ良子が未成年者を連れて実家に戻って別居し、申立人と良子は、平成五年八月二五日に協議離婚したが、その際、未成年者の親権者を良子と定めた。申立人は、復縁の話が出ていたことや仕事の関係で自身では養育が困難なことから親権者を良子と決めた。

(2)  離婚後、未成年者は、良子の実家で良子によって監護養育されていたが、良子が平成六年九月九日急死したので、それ以後は主に弘子によって養育されている。

(3)  申立人は、離婚後の平成六年二、三月ころ良子から養育費を支払うよう要求され、未成年者の治療費として五万円を持参した際に未成年者と会ったのが最後である。

申立人は、その後は養育費を請求されても婚姻中に生じた多額の借入金を返済していて余力がないため支払わず、申立人と良子の双方の親まで巻き込んだ感情的対立や相互の不信感が極めて強い状況が続いた。申立人は、平成六年八月には良子から養育費も請求しない代わりに二度と会わないと告げられ、良子の死後も弘子は申立人と未成年者を会わせることなど問題外という態度であり、以後は未成年者と会うことは困難な状況にあった。

(4)  申立人は、住所地の市営住宅で両親と三人で生活しており、差戻前の審判時には長距離トラック運転手として働き、仕事の関係で住居地に帰るのは週末くらいであった。申立人は、平成七年一一月に転職して抗告審の審判時には佐賀県三養基郡上峰町の運送会社で就労していたが、抗告審の審判後、抗告審の指摘もふまえて日帰りの近距離トラックの運転手に転職し、手取月収三〇ないし三二万円を得ている。

申立人は、平成五年八月の離婚時には借入金が三〇〇万円、家賃等の滞納が四〇万円に達していたが、平成六年一二月時点では婚姻中に生じた借入金の残債務は約六〇万円に減少し、平成七年二月までには申立人の父の援助等もあって完済している。

申立人の父は年金生活者であり、申立人の母はパートで就労して生計を立てている。申立人の両親は、未成年者の養育に協力する意思があり、申立人が未成年者を引き取ることになれば、申立人の母が勤めを辞めて未成年者の養育にあたることにしているが、上述のような事情でこれまで未成年者と会う機会が乏しかったことから、未成年者の引き取りや養育監護には不安がないわけではない。

(5)  未成年者は、現在五歳で、住居地の平成五年八月に購入したマンションで弘子、弘子の再婚した夫、良子の実兄の四人で生活しており、弘子らになついていて、ややわがままではあるが明るく健康的に成長している。

弘子の夫は、平成七年一月から自宅の一室でスポーツマッサージを開業しており、平成七年七月からは良子の実兄も弘子の夫を手伝って二人で営業しており、月額数十万円の収入を得て生計を支えている。

弘子は、差戻前の審判時において、裁判所に申立人やその両親を非難する書面を提出したり、申立人の自宅や勤め先に同様の手紙を送付するなどしており、さちには仮に審判で親権者変更が認められても未成年者を引渡すつもりがない旨表明していた。弘子の意向は差戻後も基本的には変化がない。

(6)  申立人は、平成九年一月二二日当庁において調査官立会いの下で未成年者と面接したが、未成年者から「おじちゃん誰。」「どこから来たの。」と問いかけられたことに衝撃を受け、今すぐ未成年者を引き取ることは無理かも知れないが会えるようになりたいと感想を述べた。

2 以上認定したところによれば、申立人には、過去にシンナーを吸引したりしばらく無職を続けるなど親権者としてふさわしくない行動があったが、現時点においては、申立人は、勤務先も未成年者を引き取った時のことを考慮して近距離トラックの会社に変更するなど真剣に未成年者の引き取りを望んでおり、未成年者に対する愛情が在することは疑いがなく、申立人の両親も未成年者の養育に協力する意向を示していて、経済的家庭環境等を考慮すると親権者として不適格であると言うことはできない。他方、弘子が申立人に対して感情的で頑なな適切さを欠いた対応を取ったことが本件紛争を深刻化させた一因となっており、申立人と弘子らが協力して未成年者の養育にあたるという未成年者にとって最も望ましい養育環境を遠ざける結果を招いたことは否定できない。

しかしながら、親権者の変更は、もっぱら子の福祉または利益の増進という観点から判断されねばならないところ、弘子らは、未成年者に対して愛情を有することは明らかで、経済的家庭環境や居住環境にも格別問題があるとはいえないうえ、未成年者は、弘子方で生後間もない時期から四年間以上養育されており、同居の弘子の夫や良子の実兄にもなついていて一応安定した生活を送っているのに対し、申立人は、上述した事情から未成年者と接触の機会が乏しく未成年者に「おじちゃん誰。」と問かけられ未成年者との情緒的結びつきが希薄になっていることや、主として実際に監護を担当する予定の申立人の母についても同様の状況で養育監護に不安がないとはいえないことを考慮するならば、現時点で親権者を変更して未成年者の環境を変え新たな環境下に置いて未成年者が適応できるかどうか不安を残すよりは、今しばらく現状を維持して弘子の下で未成年者の養育を続けることの方がより未成年者の福祉に合致するものと考える。

よって、本件において現時点で未成年者の親権者を申立人に変更することは相当でなく、申立人の本件親権者変更の申立は理由がないから却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官金光秀明)

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